昨日に引き続いて、「PRAKTICA IV」発信の内容なのですが、まずは。
我が日本は第二次世界大戦の敗戦国。戦後、アメリカ占領下にあった時代のカメラには、「Made in Occupied JAPAN」の刻印をして輸出することが求められていました。
ニッコールレンズや、キヤノンⅡbあたりのボディ、コニカⅠ型あたりに、そう刻印された個体を時々見掛けることがあります。
ただ、その刻印を入れることには、やはり抵抗があったのか、、、部品交換してしまえば済むような底蓋に刻印していたり、表裏するレバーの側面に刻印して裏返してしまえば見えなくなってしまったり、最たるものはキャップにだけ刻印されていたり~と、目立たないような工夫がされていた節が感じられなくありません。
そこには、母国名を刻むことへの意地みたいのが作用していたんでしょう、きっと。
そして、PRAKTICA IVの製造国ドイツも同じく世界大戦の敗戦国。
ただ、戦後15年も過ぎた1960年前後に製造されたモデルであるのに、背面に「GERMANY U.S.S.R. OCCUPIED」って記されてます。
終戦は1945年、その後、ドイツがソ連・アメリカ・イギリス・フランス連合国軍のそれぞれの占領下にあったのは、1949年までのはずなんですが。。。どういうことなんだろう?
画像でも分かると思いますが、ずいぶんといい加減な感じの「GERMANY U.S.S.R. OCCUPIED」。少し斜めってる感じだし、語尾までちゃんと記されてない。ここら辺にも、東と西の差が出ているのかもしれないけど、よく分からないです。。。
【追記】 この件について、早速、秘密警察!?のKさんからご連絡いただきました。「GERMANY U.S.S.R OCCUPIED」の印は製造側ではなく、アメリカ(西側)の税関で打たれたものらしい~と。東西冷戦真っ只中の1960年前後、ソ連サイドの東ドイツからの輸入品であることを明確にさせるためではないか?とのこと。1949年以降もアメリカにすれば、東ドイツはソ連の占領下みたいなものだったのでしょう。やはり、東西の温度差が生んだものではあったようですね。