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我楽多屋で買った  モノ・マガジン

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我楽多屋で買ったモノ・マガジン 第215

メイドインオキュパイドジャパン

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ガラクタ屋さんの在庫と言うのは全く予想がつかない、階段を上ってドアを押すまで全く判りません。今回もそうでした。

戦後の日本が講和条約をアメリカと締結して、晴れて独立国日本つまりメイドインジャパンの刻印でカメラを輸出するようになりました。

それ以前は日本は占領されていましたから、メイドインオキュパイドジャパンの刻印をするように義務づけられていました。日本のカメラ産業としては新しくスタートするにあたって、ちょっと屈辱的な意味合いもありました。

それで各社かなり苦労して、交換レンズのマウントの内部のブラック塗装されたところに目立たないよう刻印したり、あるいはカメラの黒い革張りに刻印して目立たないようにしました。

このコニカの1型モデルなどはその後者のやり方ですね。ちょっと見ると黒い革張りををルーペで拡大しないとわかりません。

戦後に作られたこの最初のコニカカメラは、ちょっと見ると地味なデザインに見えますが、よく見ると基本の基本を押さえていて味わい深いものがあります。それは長年カメラを見てきたので、そういう価値観がわかるようになったということだと思います。

占領国日本のカメラというのはいくつもありますが、その中で1番高いのはニコンのレンジファインダーの最初のモデルです。この最初のコニカに比べてその価格は1,000倍以上違います。

でも占領国日本時代のカメラで写真を撮ってみると、何か新しい自由主義の光が見えてくるように思います。

毎年8月15日がやってくるたびごとにこういうカメラのことを思い出します。

 
  

(2017.8)