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我楽多屋で買った  モノ・マガジン

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我楽多屋で買ったモノ・マガジン 第236

うちの子のためにガラクタ屋さんへフィルターを買いに行く

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最近、ライカフレックスの一番最初のモデルをよく使っています。1964年に登場したライカフレックスです。

当時、ライカの会社が最初に作る一眼レフというので期待が大き過ぎたようで、メディアなどではかなり批判されました。

おそらくこの一番最初のライカフレックスをちゃんと使った人は、木村伊兵衛さんだけではなかったでしょうか?その値段も天文学的な高さでしたから、誰にでも使えるというものではありませんでした。

最近残念なのはクラシックカメラの本体とレンズをバラバラにして、レンズだけが流通しているということです。要するに今大流行の、ありとあらゆる交換レンズをカメラ本体から外して、そこに適当なアダプターを付けてデジタルカメラ用にするという遊びがあります。私はこれ結構嫌いなんですよね。

アダプターを付けて、あるレンズを他のカメラの本体に付けるというのは、本来は必要欠くべからざる理由というものがあって、それでアダプターに介入してもらってその目的を達成するというやり方なんです。

ところが変な時代になって来て、アダプターで何でもどんなレンズでも付けてデジカメで遊べれば楽しくていいじゃん!みたいな時代の方向になってきました。写真の哲学に対する思想欠如。

この間も私が半世紀愛用しているオリンパスワイドというカメラが、なんと元箱とケース付で登場したのです。そうしたら数人のグループのお客さんが来て、そのトップの人はそういうカメラのレンズだけ取り外してドナーとしてアダプターで他のデジタルカメラに付けるというのが趣味の人らしいんです。それで我楽多屋さんの店内でご自身の信条を語っていらっしゃいましたが、そのうちの同行者の若い人が、くだんのオリンパスワイドをお求めになったそうです。でも、オリジナルの箱とケースは置いて行かれたのだそうです。何かもったいないなぁと思いました。貴重な文化財がそこで失われているという感じがするんですね。

当時のカメラの箱というのは、カメラの本体とカメラのレンズの番号が箱の裏側に鉛筆で書かれているんです。まぁこれはコレクターズアイテムとして貴重なんですが、そういう宝の山の入り口に来ているにもかかわらず、カメラの箱とカメラのケースを必要としないのは、これは何と言うのかな?エベレストの頂上の手前まで来て、そこで勇気ある撤退をするような感じなんですね。

えーと残念な話はその位にしておいて、今日の本題です。

ペットなんかを「うちのこ」と呼ぶことがありますね。飼い主の愛情が感じられて、とてもいいと思います。

この間久しぶりに我楽多屋さんに遊びに行った時に、坂を登りながら考えました。私は軽い心不全で治療を受けていたので、この2ヶ月ほどシドニーには行っていましたが、我楽多屋さんに昼間に遊びに行く事はありませんでした。それが体調が戻ったので、いそいそ出かけました。

持っていったのはライカフレックスの一番最初のモデルです。木村伊兵衛さんが愛用したカメラですね。レンズはサードパーティーのやつなんです。

さっき言ったように純正のレンズというのは、みんなマウントアダプターにさらわれてしまったので無いのです。それで付けているのはサードパーティーのレンズなんですが、四半世紀使っているのでレンズは傷だらけ。その時に思ったのが、こういう言葉でした。

「うちの子にも苦労をさせたから、今日は特別にフィルターを買ってあげよう。」

フィルターなんか使わない私ですが、この時はライカフレックスに感謝の意味を込めて、そうじゃなかった、うちの子に感謝の意味を込めて、二代目さんにフィルターを選んでもらいました。

ただし、この用法を普通のカメラ屋さんで使ってはいけませんよ。頭がおかしいと思われます。こういうのは我楽多屋二代目さんみたいな冗談の分かる人で、そういう人の前で使うと本当に楽しいです。まぁ言うなれば、自分のカメラをうちのこと呼ぶ国民運動。

でもガラクタ屋さんに入るその前にドアを開けたときにちゃんと話す、冗談仁義もあるんです。

「あのちょっとお伺いしますが、猫の飼い主の駆け込み寺はこちらでしょうか?」

二代目さん〜「はいそうです。」

「あの~バスの時間を待つときの無料休憩所としても使えると聞いたんですが?」

二代目さん〜「はいその通りです。」

「いってん確認ですが、何も買わなくても良いというのは本当ですよね。何か押し売りされるような事はありませんよね…」

二代目さん〜「いえいえ、そんな事はありません。どうぞお入り下さい。」

 
  

(2019.6)