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我楽多屋で買った  モノ・マガジン

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我楽多屋で買ったモノ・マガジン 第237回

10数年前に買った黄色いプライスタグの文字が

薄れかけているコンタックスⅡa

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我楽多屋さんで買ったものに関しては、私なりのルールがあるようです。

思い出しているうちに気がついたのですが、15年以上前に買ったカメラは一旦黄色いシールを剥がして、それをカメラの内側、つまりフィルム室の中に貼っていたんですね。

その心理的な理由というのは今ではもう分析できないのですが、思うに黄色いシールがカメラの外側に貼ってあって目立つというのは、カメラの美学を壊しているような気がしたのかもしれません。

つまり、我楽多屋さんの常連としてはまだ未熟であったということなのでしょう。

最近では常連さんを中心に我楽多屋さんで買ったカメラの黄色いシールは絶対に剥がさないで、そのまま使うという怪しいムーブメントが流行しているようです。

それでひとつ気が付いたのは、我楽多屋さんが小さな文字で書き込んでいる黄色いシールの余白、といってもスペースはほとんどないのですけれども、そこに西暦のイニシャルを小さく書いておいたら後で助けになるということです。令和のイニシャルじゃありませんよ。

これを忘れていたので、例えばこのコンタックスですが、いつ買ったのかはよく記憶に残っていないのです。10数年前というのじゃ...単なるおじいちゃんのあやふやな記憶ですからね。

しかも年代が経ったので、10,000数千円という文字が見えるのですがその1000の位が1であるか5であるのかが判然としません。

これはごく初期のシュツットガルト製のコンタックスなんです。戦後の西ドイツのZeissですが、まだレンズを生産する余力がなかったので、レンズは東ドイツのJenaで生産されたものが付いていました。

言うまでもなく、こちらが本家本元ですからね。何かカメラを通じた義侠心のようなものをそこに感じます。西ドイツも東ドイツもカメラというポイントで見たら、同じ兄弟だということなのです。

尊敬するアメリカの偉大な写真家ハリー・キャラハンは、戦後Biogon 21mmが西ドイツのシュツットガルトから登場した時にいち早く、この当時の世界で1番超広角レンズを購入しています。一緒にコンタックスも買ったわけですから、それはこのモデルに間違いないと思います。ハリー・キャラハンは都市風景を専門に撮っていました。この21ミリレンズで広い角度がメタフィジカルに撮れるというこのレンズの特徴に動かされて手に入れたのだそうです。

考えてみると面白いのは、世界的に有名な写真家でZeissファンというのは結構いるんです。ハリー・キャラハンもそうですし、まだ若かった頃のアンセルアダムスはブラックコンタックスを愛用していました。

それから、戦後スイスから移民としてアメリカにやってきてグッゲンハイムフェローシップを得て有名になったロバートフランクですが、彼はライカⅢcにBiogon 35ミリレンズを付けて、名作アメリカ人を撮っていますね。

これはロバートフランクの友人のジャックケルアックが、ロバートフランク、、、、ライカカメラにビオゴンレンズをつけた男よ!!と早速ポエムにしています。

 

 

(2019.10)