我楽多屋で買った    モノ・マガジン

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2011年5月

2011年5月 8日 (日)

どうして?フィルター

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先日、お客さんが「これに合うフィルターが欲しんだけど。こないだ新品フィルター買って付けたばかりなのに、落しちゃったんだよね。どうしてだろう?」と言われました。

申し訳ないけど、、、どうして落ちたか~は使い方の問題でしょう!?私には分からないなぁ~とちょっと冷めた思いをしながら、お客さんがバッグからレンズを取り出されるのを待っていると、出て来たのは「キヤノンNFD35-70mmF3.5-4.5」。

チラッと見えた時点で「もしや~?」と思いながらレンズを手に取って見ると、ちゃんとフィルターが付いてます。落してません。

そう、このレンズ、ズームリングを回すとレンズ先端が前後に少し動くのです。最広角35mmで一番前に出た状態になり、その時にフィルターを着脱すればいいのですが、望遠寄りにズームリングを回していくと、レンズ先端部がスルーっと、鏡胴の中に隠れて行くように後退していってしまうのです。よって、フィルターも一緒に引っ込んでいってしまうわけ。

お客さんはその引っ込んだ状態を見て、「落してしまった!」と早合点してしまったのです。たしかに、ズームリングが50mmに達する頃には、フィルターの枠がスッポリ隠れてしまうくらい後退してます。

上の右側の画像は、フィルターを外した状態ではなくて、付けているのに引っ込んで行ってしまった状態です。

このレンズ、大量にレンズを整理している時なんかにフィルターが付いたまま出てくると、ちょっとだけ、イラっとするんですよね。。。

2011年5月 7日 (土)

わくわく通信Vol.3

TOPCON35JL[1] 
先月のがらくた市、その結果報告の時にちょこっと話題にしたトプコン35をお買上げいただいたお話、その画像とコメントが届きました。

お買い上げいただいたのは、「売って買って」、そして、「我楽多屋にワクワクを探し」に来られる常連Bさんでした。では、そのワクワク通信をどうぞ。

 

先日購入させていただいた「TOPCON 35JL」は、早速ネガカラーで試写してみました。準広角ともいうべき4.4cm F2.8の写りも良く満足しています。

このカメラはレンズ非交換式ながら、当時の最新ライカM3を意識したような大きなファインダー接眼部と、アルバタ式にもかかわらず近距離補正式のファインダーを搭載しており、巻き上げとシャッターチャージと分けた2回の分割巻き上げは良く調整されたM3も真っ青なくらい滑らかでスムーズな感触です。

そして、この本体購入直後に我楽多屋さんで偶然見つけた「TOPCON」表示がある角型(いや樽型?)のフードは、本体にぴったりフィットしました。!!

クロームメッキ本体の銀色と、アルバタファインダーの金色の輝きは、全金属製カメラの存在感を周囲に放ち、見て触っているだけでも、とても幸せな気持ちになります!

ではまた、わくわくを探しにお邪魔します!

常連Bより

 

【トプコン35 JL】 トプコール44㎜F2が装着されたトプコン35Sに遅れること1年、1957年に発売されたトプコン35JLにはトプコール44㎜F2.8が装着され、若干の廉価版という位置付け。その後、トプコンは一眼レフ製造に専念するので、「35JL」がレンジファインダー機の最終型になった。

2011年5月 6日 (金)

林商会

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数日前の長徳先生のブログで話題にされていた、カメラの月賦購入の話を読んだ時に、まさにその林商会さん作成の「写真の初歩から」という「写真で見ながら分かる解説書」を思い出しました。

もうずいぶんと前に、これは立派な解説書だなぁ~と思って取っておいたのです。本屋さんではなくて、カメラ屋さんが作ったところが立派だと思ったから。

長徳先生の記述にあった「黒いスコッチテリアがシンボルマークだった」のワンちゃんもちゃんと載っています。

B6サイズで総ページ数96にも及ぶ、この解説書。巻頭には、木村伊兵衛先生の推薦のことばがあります。

本編は目次からも分かるように、写真・カメラの基礎から、撮影や現像に至るまでを、解説しています。本文中にメーカーの実名が出て来ないあたり、あくまでも中立!?の立場であるところに、ある意味で信頼感が高まります。

でも、最後の最後、「カメラは信用ある店で買う事」が説明され、林商会さんが「是非うちに~!」という内容で締められています。

2011年5月 5日 (木)

MZ-Sというカメラ

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このカメラに不思議な存在感を感じる私。このたび、白ボディと黒ボディが一緒に入ってきたので、改めて記念写真を撮っておきました。

この「MZ-S」というカメラはペンタックスのフィルムAF一眼レフカメラでは、最後の上級機。なのに、あんまり売れなかった・・・!?

ウルトラマンに出てきた怪獣「ジャミラ」にも似たこの不思議なデザインだけが、その理由ではないと思われます。

登場したのは2001年。デジタル一眼が普及しはじめる直前に、新たに登場したあたりにヒントがありそうです。

他のメーカーを見ると、ニコンはF6を2004年に発表していますが、これはいまだ現行品であるうえ、ニコンの意地であり良心さえ感じるので別格とします。で、ニコンはF100を1998年、F80を2000年。キヤノンはEOS3を1998年、EOS7を2000年。ミノルタはα-9を1998年、α-7を2000年に発売していて、3社ともフィルムカメラ最後の上級機を1998年、中級機を2000年に発売~というタイミングになっています。

2001年のMZ-Sは、フィルム一眼上級機としての登場時期が明らかに遅れています。それも売れ行きが芳しくなかった原因の一つかと。

これについては、面白い記述を赤城耕一先生の連載コラム「アカギカメラ」の第12回に見つけました。

どうやら、MZ-Sはこれをベースにしたデジイチ製造の計画があったのだそうな。しかし、何らかの原因でその移行計画が立ち消えたため、後にも先にも、身内の居ないような存在に立たされてしまったようなのです。

同じ「MZ」を名乗るMZ-5やMZ-3などとは、見るからに血筋の違いを感じますしね。

2011年5月 4日 (水)

これも軍用ライカ!?

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軍用ライカというと、ドイツをはじめイギリス、戦後にはスウェーデン、イタリア、アメリカなどの軍隊が導入していました。その多くが軍所有を表す刻印がされていたり、特別な色に塗られていたりします。

さて、毎度お馴染みのH君、某有名中古カメラ店にてアルバイトをしていることもあり!?最近は渋いカメラ選択にさらに磨きをかけているようでもあります。

今回見せてくれたのは、きったねー系に程近い、しっぶいー系のライカDⅢ。ブラック塗装が落ちて地金が見えている部分なんか、かなり貫禄あります。

しかし、私が気になったのは、ファインダー覗き窓の横に掘られた刻印。H君はあまり気にしていなかったようですが、画像を撮らせてもらって、後で調べてみたら、これはドイツの「フリート・クルップ株式会社」という石炭、鐵鋼、造船、機械などを扱っていた会社。

戦時中はドイツ最大の兵器製造会社だったという経緯があり、このライカが造られた1934年(製造番号から)の翌年にはドイツが再軍備をはじめていることから、兵器関係の撮影に使用されている可能性もありそう。

なので、ある意味での軍用ライカと言っても過言ではないかもしれません。

2011年5月 3日 (火)

飯田鉄写真展

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飯田鉄先生の写真展が、近々に四谷エリア内で行なわれます。四谷系銀塩情報発信基地としては、お知らせせずにはおられません。

先日、暗室作業の合間だという飯田先生が自ら案内のポストカードを置いて行かれたので、うちの店にも少し置いてありますので、どうぞ。

場所は、トーテムポールフォトギャラリー。うちの店から迷わずに歩ければ10分少々です。タイトルは「二つに分かれる小道のある庭」。

5月27日(土)18:30~はトークショー(飯田鉄×大日方欣一 テーマ「写真の変容について」)も予定されているそうです。

  • 飯田鉄 写真展「二つに分かれる小道のある庭」
  • 2011年5月24日(火)~29日(日) 12:00~19:00
  • トーテムポールフォトギャラリー
  • 新宿区四谷四丁目22 第二富士川ビル1F
  • ℡03-3341-9341
  • http://tppg.jp/

作者コメント「ある日、カメラ店で古い蛇腹のカメラをみつけた。6×6判という正方形の画面の撮れる、黒い小さなドイツ製のカメラだった。シャッターもなかば不調な品物ではあったけれど、どこか自分を惹きつけるものがあり購入した。今回の展示は、折にふれてその写真機で撮影したこの一年ほどの画像だが、はたしてこのカメラで撮影してみると、焼き付けられた写真のなかの時間というものが、どこか欠けているように感じられたり、逆に時間の風が写真の中で混みあっているようにも見えてくる。さらにはその黒蛇腹の小さい暗室の中で、暑かった昨年の夏の眺めなどこの一年間の幾つもの光がおとろえることなく、未だに交差し、照りかえしを繰り返しているように思えてならない。そしてその時間、その場所の写真であったはずが、「いにしえ」とも知らず、「このさき」とも思えない写真の場所に変化しているように妄想をしてみる。

飯田先生のコメントを読んで思ったのは、どうやら、今回の作品の機材は昨年、飯田先生に見せていただいたコレかと思われます。

I37 
関連記事:http://arrow-camera.weblogs.jp/blog/2010/07/kisetsumono.html

東日本大震災義援金

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このたびの東日本大震災により被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。

3月下旬から1階店内に設置しておりました、東日本大震災義援金の募金箱(当初は「東北関東大震災」と言われていましたが)。1ヶ月少々の間に、たくさんの方々から暖かい思いをいただき、本当にご協力ありがとうございました。

募金箱の設置は4月をもちまして、いったん終了させていただきました。

お預かりしました義援金はお約束通り私どもが責任を持って、日本赤十字社宛てに送金いたしました(合計48,436円)。

改めてご協力いただきまして本当にありがとうございました。

2011年5月 2日 (月)

Mamiya135EE

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あまり見掛けたことのないコンパクトカメラです。マミヤといえば、中判カメラばかりを思い浮かべる人も多いでしょうが、かつては、135ミリ用カメラも造っていました。でも、この手のコンパクトカメラはより稀少と言えます。

マニア的には、これでマニュアル露出が可能なら嬉しいのでしょうが、軍幹部上面に「EE」とシールが貼られているように、自動露出カメラです。

「Mamiya」の刻印と、今から比較しようとするカメラの外装より硬そうな材質なので存在感は増してはいるものの、どうも、そのコニカC35に似ている部分があるのが気になる・・・。

全体のフォルムが似てしまうのは、このクラスのコンパクトカメラなら仕方ないとしても、巻上げレバー、シャッターボタン、巻き戻しクランク、フィルムカウンター、セルフタイマーの位置がまったく同じ。

さらに瓜二つなのが、レンズまわり。C35はヘキサノンを、マミヤ135はセコールを名乗っているものの、38mmのF2.8というスペックはピタリと一緒。露出計の受光部や、フィルム感度設定リングのデザインなども酷似。ファインダー内に記された、シャッタースピード数値も同一。

発売年はコニカ1968年に対して、マミヤ1977年。9年も遅れて出て来ているとはいえ、これだけに似ているのは何か裏がありそう。。。!?

第59回 得?or 特?

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今回の得特は約5倍ズーム「トキナーAT-X28-135mm MDマウント」です。

とても重くて、シッカリとした作りのレンズです。しかも、新品みたいに状態が良いのに1800円。あ、でも~前玉の円周部にすこしバルがあります。

何でそんなにお得なのか?は、カメラメーカー純正ではなくてレンズメーカーものだから、マウントがミノルタMDだから、、、そして、得特企画だからです。

ミノルタのフィルム一眼で正当に楽しむのもよし、アダプタ介してマイクロフォーサーズで楽しむのもよし。

MDマウントOKなユーザーさんには、ゴールデンウィークの遊び道具に最適かと。いつものように、我楽多屋ご来店早い者勝ちです!

2011年5月 1日 (日)

横綱級カロ140

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お薬のコルゲンコーワの興和が、かつてカメラを製造・販売していたことは、このブログでも何度か触れてきたかと思います。

過去のコーワネタは、こんな感じ↓

個性的な機種が多いコーワのカメラですが、このカロ(Kallo)140も、その1機種に挙げられるでしょう。1959年に登場したカロ140。興和がカメラのブランドをコーワに統一したので、発売翌年には、コーワ140と名称が変更されます。

さて、このカメラのポイントはレンズシャッター式のレンジファインダー機で、レンズ交換を可能にしている比較的少数派のカメラであること。でも、それだけで激レアということにはなりませんが、カロ140の凄いのは、大口径の50mmF1.4レンズを標準としている点。そのためか、、、ボディが、どデカイ!重い!

本来はライカM3あたりと比較したかったのだけど、画像ではキヤノンⅡDと並べてみました。その大きさがお分かりになると思います。

その重量は948グラムでした。重量は数字ではピンと来ないでしょうから、ライカM3にズミルックス50mmF1.4を装着した重さを調べたら、935グラム程。わずかですが、カロの勝ち。実際にはもっと重く感じたけど。

ちなみに、交換用に用意されたレンズは35mmF3.5と85mmF3.5。これらはさらにレアもの。