ライカのフィルムマガジンに小さく記された文字。
それが「N」なのか「Z」なのか、今まで特に考えたことがありませんでした…。
そもそもそれが何を意味しているのか?を考えてみれば良かったのに、とりあえずいろいろと検索していれば分かるだろう~と思って「ライカ・フィルムマガジン・N・Z」などのキーワードで検索したこともあって、どちらなのか決定付ける結果が得られませんでした。
「N」なのか「Z」なのかについて、全く触れられていないのです。
で、たまたまライカの底蓋にある開閉レバーに記されている「auf」と「zu」を思い出して、この「Zu」の「Z」と同じだろう?と思ったのです。
フィルムマガジンは内側と外側の二重構造になっていて、内側の上部に「Z」は記されています。内側と外側をセットした時に回転させて「Z」の文字が、外側に付いている板バネ(細長い板状の金属部分)の位置に来るようにすると、側面のフィルム窓が閉まってロックされた状態になるのです。
なので、日本語では「閉」を意味する「Zu」の「Z」ということで、まず間違いないでしょう。
意味から先に考えればすんなりと結論に達しただろうし、フィルムマガジンを実用したことが無い…のがバレバレ。
負け惜しみを言っておくと、フィルムマガジンの開閉や操作の仕方を知らなかったわけじゃないですよ。理屈を理解したうえで開閉させることは出来ましたが、そこに「Z」を結び付けていなかった~ということ。
物々交換というか、ちょい下取り的にレンズを1本持って来られたお客さんが、これでレンズを包んでいらっしゃいました。
東京の地下鉄路線図がプリントされているんですが、隅っこ「ブロニカ」って書いてあるんです。
ブロニカって、ゼンザブロニカ?とカメラ好きな人なら思っちゃいますよね?
でも、この書体に見覚えない気がするし、下に書いてある「Takeda」って何?という疑問。Takedaってのはレンズ拭きの特殊素材のメーカー?なんて勘ぐってみたり…。考えていたって結論は出ないので、ググってみました。
「ブロニカ」という喘息やアレルギー鼻炎向けの薬があるのですね。そうなると、takedaってのが武田製薬か何かであろう推測も出来てスッキリします。
しかし、Takedaのこの書体が武田製薬工業にも関連会社の武田テバファーマにも武田テバ薬品にも見当たらないんですよね…。
ま、この路線図自体が南北線が四ツ谷止まりで、大江戸線が光が丘~練馬間だけ。それなりに古いものなので、これ以上の詮索はやめようと思いました。
南北線が四ツ谷まで延伸開業したのが1996年3月26日、大江戸線が練馬から新宿まで延伸開業したのが1997年12月19日。この1年半ほどの間の路線図であることが分かったので、このレンズ拭きは約27年のもの。そこまで調べました('ω')ノ
困った時のお客さんカメラ。もう半月も前にご来店された常連さんのカメラを話題にします。いや、注目は付いているレンズです。
ロシア製の「ZENITAR-H 28mm/F2.8」。アダプター無しでニコンFに付いているので、ニコンマウントです。
お話によると今年入手されたそうで、保証書の日付(出荷日?)は2022年11月。去年といえばもうウクライナとの戦時!?中ですね。製造工場があるクラスノゴルスクはモスクワ。
製造番号が「130060」と「13」で始まるので、2013年製?とか思ったりしましたが、製造初年が2013年では?という意見も。だとすると、60番目の製造?、製造初年から9年も経ってるのに製造数が少なくないか?という見方も。ま、製造番号の実際のところは不明です。
このレンズの絞り、オート絞りになっておらず完全に手動絞りで撮影することになります。
今どき珍しい…。本家ニッコールでもごく一部(フィッシュアイや超広角・マイクロなどの一部)を除いて手動絞りのレンズは存在しませんから。
一昨日のこと、写真家 飯田鉄先生の訃報を知って呆然としてしまいました。
飯田鉄さんとのお付き合いはアローカメラ買取名人の「カメラ四谷快談」出版パーティーにも来ていただいていますし、その随分と前からなので20年以上。
ここ数年は我楽多屋ご来店数で写真家先生No. 1だったと思いますし、私自身も写真展を訪ねた回数がNo. 1だったと思います。
「我楽多屋さんに来ないと見つからないものあるよね〜」なんて言ってくださったりしながら、いろいろなお話をさせていただきました。
去年でした、作品として発表されている写真とは別にプライベートでこんなの撮ってるですよ〜と秘蔵的な写真を見せてくださったこともありました。
皆さんご存知のように、カメラやレンズに関する知識が深くいろいろなお品物をお持ちでしたので、不要になった我楽多屋向けの品物をご放出してくださったこともあり、我楽多屋の常連さんなどへ良い橋渡しもさせていただきました。さらに個人的に嬉しかったのは、我楽多屋向けじゃない品物のご放出も買取職人ではなくて私指名でお任せくださったことがありました。
ご来店時には業界の話以外に、我楽多屋の店内BGMがキッカケで音楽の話になることも多く、その流れから私の兄がYouTubeにアップしている弾き語り動画などもご覧くださったこともあるようでした。
実は先月、電話でお話した時に少し声に元気が無いような気がしたのです。でも、まさか...。ご冥福をお祈りいたします。
いろいろな思い出の写真を並べてみました。ありがとうございました。
ブラックコンタックスとも呼ばれる「コンタックスⅠ型」
このカメラ、1932年登場でありながら古いカメラにありがちな…案外と無くて困るストラップ金具がちゃんとあるんです。ただ、穴が小さい。
今日はお客さんが現物をご持参のうえ、教えてくれた情報をそのままお見せします。
オリンパスのネックストラップなんですが、最近のミラーレス機用ストラップと思います。ボディ寄りがかなり細くなっているので、コンタックスⅠ型の金具に辛うじて通るのです。
画像に写っているリコーフレックス、まさにこの個体がこの桐箱に入っていたわけではありません。
少し前にこのリコーフレックスを買って行かれたお客さん、マスミーキン(これについてはまた改めて話題にする時があると思います)の実証実験をしたいので~というのが購入動機でした。
その実証実験が終わって、もう要済み…というわけで、物々交換要員としてリコーフレックスを我楽多屋に戻しに来られました。
その時に「実はリコーフレックスの元箱だけは家にあったので~」と立派な桐箱を見せに持って来てくださったのです。見せるだけなので、桐箱は持って帰られましたが…。
さて、昭和25年に発売されたリコーフレックスは人気品となり、定価6,800円にプレミアが付いて1万円ちょっとで売り買いされたこともあったと言われています。
カメラとして高級機ではありませんが、当時の大卒初任給が4,000円くらいだったことを考えると、決して安い買い物でもありません。
そういうカメラが桐箱に入っていた~という点に興味深さを感じます。桐箱というと、着物や陶器・高級フルーツなどをイメージしてしまいますが、高価でデリケートなものという点でカメラも当てはまるのでしょうね。
★本日第3火曜日、明日水曜日は我楽多屋の定休日です。よろしくお願い申し上げます。
ニコンSシリーズのボディキャップの代用品情報です。
先日、アローカメラへ買取り依頼のあったニコンSとSPの両方に付いていました。
代用品の材料はコダックのフィルムケースのキャップと画鋲と思われます。
フィルムケースのキャップの中心部に画鋲を刺してツマミにしています。刺した画鋲の先っちょは多分折り曲げてテープで留めているものと思います。キャップの一部に僅かに切り込みが入れられているのは、スムーズに着脱しやすくするコツなのかもしれません…。
これだけのことですが、変に斜めに入ってしまったり、奥に落ちてしまうこともなく、キッチリとキャップされます。
あまりにキッチリと入るものだから、画鋲のツマミが無いと外すのに苦労しそうです。
ニコンSシリーズ絡みでは、こんな代用法もありました→https://camera-kaukau.lekumo.biz/arrow/2009/06/s-75d6.html
画像の2台のボックスカメラ、左は1914年頃の「Kodak No.2 Brownie MODEL-D」、右は1931年頃の「Balda Rollbox」です。
なんと、90~110年も昔のカメラです。
構造はいたって簡単、レンズはともに単玉。使用フィルムは今も製造されている120フィルムなので、近ごろはフィルム供給や高値の状況にあるものの、今でも普通に使うことが出来るのが凄いですよね。
下の画像では、左が「Balda Rollbox」で、右が「Kodak No.2 Brownie」です。
デジタルカメラが一般に普及するようになってからはまだ20~30年というのに、初期のデジタルカメラを今使おうとすると、バッテリーが寿命をむかえていたり・記録媒体が最新のハードウェアで使い難かったり、そもそもカメラ自体が故障していたり~で、普通に使うのが困難だったりすることを考えると、古いカメラは強いですね。