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我楽多屋で買った  モノ・マガジン

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我楽多屋で買ったモノ・マガジン 第244

カメラの元箱の話です

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私の父親などがよく言っていましたが、アメリカ人は安いカメラを使うけどもフィルムは良いのを使うという事なんですね。

戦争直後は富士フイルム等は安物で、アメリカ製が良いという価値観でした。その富士フイルムだって、なかなか買えない時代でした。当時のアメリカ製のフィルムは非常に高価で、そう簡単に使えるものではありませんでした。

少年の頃、私は8ミリ映画に凝っていたので、例えば家族で箱根に遊びに行く時などは、アルコの高級カメラに奮発してアンスコカラーフィルムを父に買ってもらいました。それで箱根の小涌園等の部屋から何を撮るかというと、湖の上に上がる花火を撮るだけなんですけれども、アンスコのカラーフィルムというのはすごいステータスでした。

でも、現像が上がって映写機で上映してみたら、なんだこんなものかという程度でがっかりしました。アンスコの会社はニューヨーク州にあったんですね。

いつもこのコラムで書いている事ですが、我楽多屋さんの凄いところは私の貧困な想像力を遥かに超えたところの品物が登場するということです。

ここに写っているアンスコフレックスはアメリカで爆発的に売れた安いカメラなんですが、その作りもデザインも素晴らしい。超有名な工業デザイナー・レイモンドローイの設計というので有名です。

でも今日お話しすることはカメラの話じゃなくて、一緒についてきた赤い箱の話なんですね。

一瞬この赤い箱を見たときライカの箱だと思ったんです。というのも、私が1960年代に買ったライカは非常に似たデザインの箱に入っていました。赤をメインにしたところに、日の丸みたいなのが抜かれてデザインされているのです。

そうすると、これはアメリカがドイツのカメラのパッケージデザインを真似したんだなと普通考えます。私もそうでした。

しかし、このアンスコフレックスが登場したのは1950年代初めのことです。ライカのM型が登場した1954年にはオリジナルのパッケージはまだ赤ではありませんでした。それが60年代になってから、私が記憶しているパッケージは赤が主体になったんです。

ですから、単純に時系列で考えれば、アンスコのデザインをライカが真似したということになるというわけではありませんけれども、紛らわしいデザインということです。

カメラのオリジナルの箱というのは消費財だからすぐ捨てられてしまうのですが、最近私はオリジナルの箱のついたカメラはなるべく集めるようにしています。

例えば、国産戦後最初の真面目なレンジファインダーカメラニコンSの場合、30年前はオリジナルの箱というのは付録でついてきました。ところが最近では、箱の単体が20,000円以上することもあります。

ニコンSの箱は金色のトリムが付いているのですが、その前のニコン1型のオリジナルボックスは金色のトリムがついていなくて、単なる無地のブルーボックスなんですね。これなどは市場で見た事はありませんが、もし出現したら大変な値段になりそうです。

それでこのアンスコのカメラの元箱の作りを見ると実に良くできています。カメラ本体よりも箱の値段がかなり価格のバランスを占めているような気までするんですね。

私は今まで我楽多屋さんで結構とオリジナルのカメラの箱を手に入れています。例えば戦前のライカカメラの赤いボックスとか、Kalloワイドのオリジナルボックスなどなど。

高級な当時のカメラの場合、カメラの箱とカメラの製造番号が同一であったりするとコレクターの価値が高まるのですが、このアンスコフレックスの場合は大衆カメラですから立派な箱には別に製造番号などは書かれていませんでし。

 

 

(2020.2)