我楽多屋で買った    モノ・マガジン

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我楽多屋で買ったモノ・マガジン 第262

東独生の優秀カメラWerraについている

イエローとホワイトのカルテを分析する

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コロナによる40日のお休みが明けた初日(第3回目の緊急事態宣言下6月初旬の話)に、ガラクタ屋さんへ走っていったのですが、25年前にはほんとに走って行けたのですけれども、最近は老人が本格的になっているのでなかなか走って行くわけにはいきません。

それで石川直樹さんがエベレストに上ったときに細かい計画を立てているのと同様に、私もマウント我楽多エベレストに登山するには、北から攻撃するかそれとも南の壁からアタックするかを事前にちゃんと登山計画を立てているわけです。

北からアタックするというのは、四谷三丁目の駅からゆるい坂を下っていった右側がガラクタピークなわけですけれども、私は冒険心が旺盛なのであえて攻撃の難しい南側の壁からアタックしました。とはいえ体力低下のじいさんですから、まず曙橋駅からエレベーターで地上に出て曙橋の階段をゆっくり登坂して曙橋の上に出て、それから緩い上り坂をゆっくりゆっくり進みます。

ウィーンに住んでいた50年前に伊丹十三のヨーロッパ退屈日記の文庫本を読んでいて、伊丹さんはほんとにおじいさんになる以前に昇天してしまったのですが、彼がイメージとして描いていた理想の老人の歩き方というのが、真夏にカンカン帽かぶってうちわ使いながら日向の道をよろよろ歩くというので、20歳代の頃はこれは老人の典型的なダンディズムであると尊敬していました。

理想の同人のダンディズムといえば、元祖買取職人さんの元気ぶりにはこの間40日ぶりにお店に行った時にもびっくりしました。あの人は100まで生きるね。

ところで石川直樹さんは世界の5つの峰を全部登った人ですけれども、10年前に新宿駅東口のアルタ前で待ち合わせをして、2人で酷暑の東京の街を撮影するという最初の計画ではガラクタ屋さん経由で、半蔵門から日比谷に出て月島の立ち飲み屋クラブ枝村まで行く計画だったのに、石川さんはガラクタ屋さんを出た後日本テレビの前あたりでレフェリーストップになってしまいました。石川直樹というのはエベレストは得意らしいんですが、東京の平坦な道を歩くのには慣れていないらしかったです。

話は戻りますが、40日ぶりにガラクタ屋さんに行って3つのカメラを買った話は前回にもちょっとしましたけれども、メインイベントはこの東ドイツ・カールツアイスJenaで作られたWerraカメラです。

人気機種なのですが、案外とこれがカールツアイスで作られたということを知らない人が多いんですね。カメラの本体にはそんな事はどこにも刻印されていないから、これは大したものだと思います。

最近のライカカメラは商売を広げるためにライツフォンというのまで出して、過去のおじいちゃん時代の名門にぶら下がっているのに対して、こっちのカメラメーカーは親の七光なんか相手にしていないというところがすごい。能ある鷹は爪を隠すというのかな?

私がこのカメラに最初に出会ったのは1975年頃で、プラハで偶然知り合った同世代の夫婦の奥さんの方がWerraの1番安いモデルを使っていて、それでいい写真を撮るので認めたわけです。

私が今回3500円で買ったこのカメラは、例によって二代目名物の黄色と白のシールが貼ってあって、そこに細かくこのカメラの病状のカルテが書き込まれているのが非常によろしい。

その細かいカルテの内容は写真でご覧いただくとして、二代目さんとこれを買うときに大笑いになったのですが、私の撮影テクニックで、二代目さんがこのカメラで指摘している問題点は一切私の撮影には問題ないのです。要するに500分の1秒で絞りはエフ11でフォーカスはほぼインフィニティーですから。それにメーターは使わないし。

ライカが好きな人によくある病気ですが、自分の持っているライカを全てベストな状態にしていつも交代でオーバーホールしていないと落ち着いて眠れないという人がいます。こういう人に限って実際に写真は撮らないというのが大問題なのです。

私はそこら辺のトラブルは何十年も前に解決してしまいましたから、今手元にある壊れかかっているカメラでもそのまま、だましだましなんとか使えれば良いという考え方です。

ライカのオーバーホールが好きな人は、人間の体をオーバーホールしてそのまま若い頃に戻れると思うのは勘違いですね。この調子の悪いカメラを騙して使うというのはフィルムカメラの素晴らしいポイントなのです。デジタルカメラの場合撮れているのにいきなりエラー表示が出たりしてどうも面白くありません。。

 

   

(2021.8)