マミヤの「S」と「M」
バックフォーカシング式の中判カメラ「マミヤ6」。ここにあるのは「K型」というモデル。元箱、皮ケース、取説、保証票まで揃った見事な状態。その保証票をみると、この個体が新品で販売されたのは昭和31年のようです。保証は2年間有効らしいです。
私は特に気にすることなくスルーしていたのですが、うちの買取名人や常連さんの1人が「へえ~これキャップが付いているんだ!?」と言いました。そう、スプリング式で折り畳めるから、レンズは収納されてしまうわけで、その状態ではキャップは不要のはず。
当時、実際に付属されていたのかどうかは不明ですが、現在見かけることはほとんど無いキャップであります。
そのキャップに付いている「S」と「M」のアルファベットをあしらったマーク。このマーク自体はクラシック系のマミヤ製品にはよく付いているマークですが、ところで、これ何の略かご存知ですか?
一説には、マミヤ光機の「M」と、世田谷光機の「S」という説もあるのですが、私がちょっと調べたところによると・・・。世田谷光機(株)の前身、マミヤ光機製作所の世田谷工場が出来たのは昭和21年であるのに、昭和15年のマミヤ6の広告には、すでにあの「S」「M」マークが掲げられているうえ、カメラ本体にも刻印されているのです。。。すると、この説はちょっと疑わしい。。。
で、推測するに、マミヤの創業者であり発明家でもある間宮精一氏のイニシャル「S」と「M」か、または、マミヤ光機製作所のマミヤの「M」と製作所の「S」か、、、そんなところでしょうか!?
それ以上はシッカリと調べていません。。。まぁ、こういう推理や調べる過程が面白いわけで。。。すみません。
ちなみに、マミヤ6のレンズにセコールレンズが装着されるのは戦後から。ということは、セコールの「セ」と「コ」は「世田谷光機」が由来というのは間違いないでしょう。実際、画像のマミヤ6のレンズには「SETAGAYA KOKI SEKOR」と刻印もされています。
最後にマミヤの歴史を記しておきましょう。昭和15年マミヤ光機製作所が創業されます。昭和21年にレンズとシャッター自給のために世田谷工場を建設。昭和25年に世田谷工場を世田谷光機(株)と法人化。同年続いて、母体マミヤ光機(株)も法人化。昭和38年世田谷光機をマミヤ光機が吸収合併。その後、近年には親会社さんが一転二転するのですが、得意の中判カメラにこだわり続けているメーカーさんです。