我楽多屋で買った    モノ・マガジン

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我楽多屋で買ったモノ・マガジン 第276

ガラクタ屋さんで買えなかった

珍品ラトビアのリーガミノックス

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長年のガラクタ屋さんで買ったもの自慢の連載ですけれども、今回は方向を180度変えてガラクタ屋さんに走って行ったのだけれども買えなかったモノマガジンというわけです。

釣りをやっている人の逃した魚は大きいというのと同じで、これは逆に手に入れて飽きるよりも手に入れられなくて物欲がまた高圧力になってくるというのが、カメラ道楽の正しい道だと思います。

5年位前の事ですが、ガラクタ屋さんに1940年にラトビアのリーガで作られたミノックスのオリジナルが登場したことを知って、走って買いに行きました。

ところが写真判定というかタッチの差で他の人が勝ってしまったのです。しかし他の人といっても全く知らない人ではなくて、25年前のアルパ研究会の頃の常連さんでTessinaさんという人が手に入れたので逆に嬉しくなりました。

カメラの原始的な共産制というのは変な言い方だけど、同じ意思を持った仲間が持っているのなら、私は持っていなくても別に問題なしという考え方です。

そのあと、この人は私がやっているブラパチワークショップにも参加してくれましたが、すごいのはその1940年製のミノックスを持ってきてワークショップでそれで撮影するのです。それで現像所が5時に閉まってしまうというので、ワークショップの途中に早退して現像を出しに行き、次の月のワークショップにはその出来た写真を見せてくれたので、これが本当のフォトグラフィックミノックスワークショップだということになりました。

ガラクタ屋さんで登場するカメラはどれもケタ外れに安いというところが魅力になっていますが、5年前に出たこのレアなミノックスの値段は、今でも覚えていて65,000円でした。eBayでさっき値段を調べたら、それより100,000円ほど高い値段がついていましたから、今の時代ですから円安の日本で買う方がはるかに良いという事ですね。

ただし、これはガラクタ屋さんスペシャルプライスということで、私がかれこれ20年は行っていない銀座の中古カメラ市で、ライカが大昔に作った50ミリ f1.2のレンズが7,000,000円台後半というのはちょっとやり過ぎだと思います。

ところで友人の、ののみやが数年前にラトビアのリーガに行って、ミノックスの工場のあった建物を見てきました。伝説によると、ミノックスの工場というのはワルターザップという人が葉巻工場の後を利用して作り出したというので、狭い工場だろうと思っていたら巨大なコンビナートみたいな大きな建築で、その一部で作られていたということがわかって面白かったです。

ミノックスカメラは戦後になって西ドイツに移ってライカがあったのと同じ街、つまりWetzlerで生産が再開されて、プライベートアイというセールプロモーションで世界的に有名になりました。スパイカメラから一般的なカメラの販売に成功したというのはほとんど他には例がないと思います。

私が小学校高学年の時に父親に連れられて、まだ銀座の柳が揺れていた頃の数寄屋カメラでミノックスを買いました。新品は高くて買えないので、その時払ったのが35,000円ほどでしたが大変高価な買い物でした。父はアマチュア写真家でしたが、これで芸術写真を撮ろうというのではなくて、いつも通勤している新宿に行くバス停の時刻表をミノックスで撮影するために手に入れたのですから贅沢な話です。

ミノックスといえば、大昔のスパイ映画などで敵の本拠地に変装して潜入したスパイが事務所に人がいなくなると、いきなり真ん中のテーブルの一番上の引き出しを開くとそこに機密書類が入っていて、これを複写するというシーンがよくあって、私などはあんなことではちゃんと撮影複写ができないと笑っていました。

これは本当の話で、あの頃の感度の低いフイルムで、しかも1フィート位の撮影距離でちゃんと機密書類が複写できるはずはありません。スパイカメラの専門家のKGBがそれを改良したモデルを開発して、ウィーンに住んでいたソ連製カメラのコレクターさんから実物を見せてもらったことがありますが、それは面白い構造でマッチ箱みたいな大きさの小型カメラを書類に密着させて擦っていくのです。

これは一瞬のスリットカメラでコピーマシンでスキャンするのと同じような構造で、カメラの中には豆電球が入っていて、スキャンする速度にシンクロしてフイルムが巻き上げられるというかなり凝った仕組みでした。

 

 

(2022.10)