我楽多屋で買った    モノ・マガジン

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2011年5月 6日 (金)

林商会

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数日前の長徳先生のブログで話題にされていた、カメラの月賦購入の話を読んだ時に、まさにその林商会さん作成の「写真の初歩から」という「写真で見ながら分かる解説書」を思い出しました。

もうずいぶんと前に、これは立派な解説書だなぁ~と思って取っておいたのです。本屋さんではなくて、カメラ屋さんが作ったところが立派だと思ったから。

長徳先生の記述にあった「黒いスコッチテリアがシンボルマークだった」のワンちゃんもちゃんと載っています。

B6サイズで総ページ数96にも及ぶ、この解説書。巻頭には、木村伊兵衛先生の推薦のことばがあります。

本編は目次からも分かるように、写真・カメラの基礎から、撮影や現像に至るまでを、解説しています。本文中にメーカーの実名が出て来ないあたり、あくまでも中立!?の立場であるところに、ある意味で信頼感が高まります。

でも、最後の最後、「カメラは信用ある店で買う事」が説明され、林商会さんが「是非うちに~!」という内容で締められています。

2011年5月 5日 (木)

MZ-Sというカメラ

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このカメラに不思議な存在感を感じる私。このたび、白ボディと黒ボディが一緒に入ってきたので、改めて記念写真を撮っておきました。

この「MZ-S」というカメラはペンタックスのフィルムAF一眼レフカメラでは、最後の上級機。なのに、あんまり売れなかった・・・!?

ウルトラマンに出てきた怪獣「ジャミラ」にも似たこの不思議なデザインだけが、その理由ではないと思われます。

登場したのは2001年。デジタル一眼が普及しはじめる直前に、新たに登場したあたりにヒントがありそうです。

他のメーカーを見ると、ニコンはF6を2004年に発表していますが、これはいまだ現行品であるうえ、ニコンの意地であり良心さえ感じるので別格とします。で、ニコンはF100を1998年、F80を2000年。キヤノンはEOS3を1998年、EOS7を2000年。ミノルタはα-9を1998年、α-7を2000年に発売していて、3社ともフィルムカメラ最後の上級機を1998年、中級機を2000年に発売~というタイミングになっています。

2001年のMZ-Sは、フィルム一眼上級機としての登場時期が明らかに遅れています。それも売れ行きが芳しくなかった原因の一つかと。

これについては、面白い記述を赤城耕一先生の連載コラム「アカギカメラ」の第12回に見つけました。

どうやら、MZ-Sはこれをベースにしたデジイチ製造の計画があったのだそうな。しかし、何らかの原因でその移行計画が立ち消えたため、後にも先にも、身内の居ないような存在に立たされてしまったようなのです。

同じ「MZ」を名乗るMZ-5やMZ-3などとは、見るからに血筋の違いを感じますしね。

2011年5月 4日 (水)

これも軍用ライカ!?

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軍用ライカというと、ドイツをはじめイギリス、戦後にはスウェーデン、イタリア、アメリカなどの軍隊が導入していました。その多くが軍所有を表す刻印がされていたり、特別な色に塗られていたりします。

さて、毎度お馴染みのH君、某有名中古カメラ店にてアルバイトをしていることもあり!?最近は渋いカメラ選択にさらに磨きをかけているようでもあります。

今回見せてくれたのは、きったねー系に程近い、しっぶいー系のライカDⅢ。ブラック塗装が落ちて地金が見えている部分なんか、かなり貫禄あります。

しかし、私が気になったのは、ファインダー覗き窓の横に掘られた刻印。H君はあまり気にしていなかったようですが、画像を撮らせてもらって、後で調べてみたら、これはドイツの「フリート・クルップ株式会社」という石炭、鐵鋼、造船、機械などを扱っていた会社。

戦時中はドイツ最大の兵器製造会社だったという経緯があり、このライカが造られた1934年(製造番号から)の翌年にはドイツが再軍備をはじめていることから、兵器関係の撮影に使用されている可能性もありそう。

なので、ある意味での軍用ライカと言っても過言ではないかもしれません。

2011年5月 3日 (火)

飯田鉄写真展

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飯田鉄先生の写真展が、近々に四谷エリア内で行なわれます。四谷系銀塩情報発信基地としては、お知らせせずにはおられません。

先日、暗室作業の合間だという飯田先生が自ら案内のポストカードを置いて行かれたので、うちの店にも少し置いてありますので、どうぞ。

場所は、トーテムポールフォトギャラリー。うちの店から迷わずに歩ければ10分少々です。タイトルは「二つに分かれる小道のある庭」。

5月27日(土)18:30~はトークショー(飯田鉄×大日方欣一 テーマ「写真の変容について」)も予定されているそうです。

  • 飯田鉄 写真展「二つに分かれる小道のある庭」
  • 2011年5月24日(火)~29日(日) 12:00~19:00
  • トーテムポールフォトギャラリー
  • 新宿区四谷四丁目22 第二富士川ビル1F
  • ℡03-3341-9341
  • http://tppg.jp/

作者コメント「ある日、カメラ店で古い蛇腹のカメラをみつけた。6×6判という正方形の画面の撮れる、黒い小さなドイツ製のカメラだった。シャッターもなかば不調な品物ではあったけれど、どこか自分を惹きつけるものがあり購入した。今回の展示は、折にふれてその写真機で撮影したこの一年ほどの画像だが、はたしてこのカメラで撮影してみると、焼き付けられた写真のなかの時間というものが、どこか欠けているように感じられたり、逆に時間の風が写真の中で混みあっているようにも見えてくる。さらにはその黒蛇腹の小さい暗室の中で、暑かった昨年の夏の眺めなどこの一年間の幾つもの光がおとろえることなく、未だに交差し、照りかえしを繰り返しているように思えてならない。そしてその時間、その場所の写真であったはずが、「いにしえ」とも知らず、「このさき」とも思えない写真の場所に変化しているように妄想をしてみる。

飯田先生のコメントを読んで思ったのは、どうやら、今回の作品の機材は昨年、飯田先生に見せていただいたコレかと思われます。

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関連記事:http://arrow-camera.weblogs.jp/blog/2010/07/kisetsumono.html

東日本大震災義援金

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このたびの東日本大震災により被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。

3月下旬から1階店内に設置しておりました、東日本大震災義援金の募金箱(当初は「東北関東大震災」と言われていましたが)。1ヶ月少々の間に、たくさんの方々から暖かい思いをいただき、本当にご協力ありがとうございました。

募金箱の設置は4月をもちまして、いったん終了させていただきました。

お預かりしました義援金はお約束通り私どもが責任を持って、日本赤十字社宛てに送金いたしました(合計48,436円)。

改めてご協力いただきまして本当にありがとうございました。

2011年5月 2日 (月)

Mamiya135EE

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あまり見掛けたことのないコンパクトカメラです。マミヤといえば、中判カメラばかりを思い浮かべる人も多いでしょうが、かつては、135ミリ用カメラも造っていました。でも、この手のコンパクトカメラはより稀少と言えます。

マニア的には、これでマニュアル露出が可能なら嬉しいのでしょうが、軍幹部上面に「EE」とシールが貼られているように、自動露出カメラです。

「Mamiya」の刻印と、今から比較しようとするカメラの外装より硬そうな材質なので存在感は増してはいるものの、どうも、そのコニカC35に似ている部分があるのが気になる・・・。

全体のフォルムが似てしまうのは、このクラスのコンパクトカメラなら仕方ないとしても、巻上げレバー、シャッターボタン、巻き戻しクランク、フィルムカウンター、セルフタイマーの位置がまったく同じ。

さらに瓜二つなのが、レンズまわり。C35はヘキサノンを、マミヤ135はセコールを名乗っているものの、38mmのF2.8というスペックはピタリと一緒。露出計の受光部や、フィルム感度設定リングのデザインなども酷似。ファインダー内に記された、シャッタースピード数値も同一。

発売年はコニカ1968年に対して、マミヤ1977年。9年も遅れて出て来ているとはいえ、これだけに似ているのは何か裏がありそう。。。!?

第59回 得?or 特?

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今回の得特は約5倍ズーム「トキナーAT-X28-135mm MDマウント」です。

とても重くて、シッカリとした作りのレンズです。しかも、新品みたいに状態が良いのに1800円。あ、でも~前玉の円周部にすこしバルがあります。

何でそんなにお得なのか?は、カメラメーカー純正ではなくてレンズメーカーものだから、マウントがミノルタMDだから、、、そして、得特企画だからです。

ミノルタのフィルム一眼で正当に楽しむのもよし、アダプタ介してマイクロフォーサーズで楽しむのもよし。

MDマウントOKなユーザーさんには、ゴールデンウィークの遊び道具に最適かと。いつものように、我楽多屋ご来店早い者勝ちです!

2011年5月 1日 (日)

横綱級カロ140

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お薬のコルゲンコーワの興和が、かつてカメラを製造・販売していたことは、このブログでも何度か触れてきたかと思います。

過去のコーワネタは、こんな感じ↓

個性的な機種が多いコーワのカメラですが、このカロ(Kallo)140も、その1機種に挙げられるでしょう。1959年に登場したカロ140。興和がカメラのブランドをコーワに統一したので、発売翌年には、コーワ140と名称が変更されます。

さて、このカメラのポイントはレンズシャッター式のレンジファインダー機で、レンズ交換を可能にしている比較的少数派のカメラであること。でも、それだけで激レアということにはなりませんが、カロ140の凄いのは、大口径の50mmF1.4レンズを標準としている点。そのためか、、、ボディが、どデカイ!重い!

本来はライカM3あたりと比較したかったのだけど、画像ではキヤノンⅡDと並べてみました。その大きさがお分かりになると思います。

その重量は948グラムでした。重量は数字ではピンと来ないでしょうから、ライカM3にズミルックス50mmF1.4を装着した重さを調べたら、935グラム程。わずかですが、カロの勝ち。実際にはもっと重く感じたけど。

ちなみに、交換用に用意されたレンズは35mmF3.5と85mmF3.5。これらはさらにレアもの。

2011年4月30日 (土)

京セラのズレ!?

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ふつう、一眼レフボディにレンズを付けると、レンズの鏡胴に記された距離や絞りなどの指標は、真上を向いた状態で固定されるものです。それは、撮影者がボディを胸の前に構えた時に、上から見やすいように、ある意味で当然な位置関係。

先日、月刊カメラマンの取材で来られた藤井智弘氏と、ブログでも話題にした京セラ270AFのレア度などについてお話をさせていただいた時に、270AFに装着された標準ズームレンズの指標が頂点から右に45°くらい傾いた位置でボディにセットされているのに気付いて、「マウントがズレているのかも…これはジャンクかも」なんて、話をしていました。

でも、何か気になって仕方ない私は、いろいろと検索していくつかの画像をチェックした結果、京セラのこのタイプは、そのズレた位置でセットされるのが間違いでないという結論に達しました。

で、その理由も推測出来ました。このシリーズの初期型ボディがペンタ部分にガバッと被せるスピードライトを採用していて、そのスピードライトが案外と大きく前方に出っ張ってセットされるから、それを避けて、レンズの指標を右にズラしてるんだろう!と。

それから数日後、入って来ましたよ!シリーズ初期型の230AFが!それもちゃんとスピードライトがセットされた状態で、上の画像がそれです。

これだけ、ドーンと前に出っ張られると、指標を横にズラさないわけにいかないですよね!いやホント、改めて現物を見て、「こんな飛び出てんだ!」って、笑ってしまいました。

2011年4月29日 (金)

8枚玉

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正直な話、理系でも!?技術系でも!?ない私は、レンズの光学系の話には疎いです。

でも、ライカのレンズ、ズミクロン35mm8枚玉が神格化!?されているということは知っています。描写の話は好みもあるので、これも難しい話ですが、一般的に8枚玉ズミクロンの描写は優秀であるとされているので、その後の7枚玉と区別されて、神格化されているのです。

そんな8枚玉神話が、日本にもあるのをご存知ですか?

アサヒペンタックスのスーパータクマー50mmF1.4の初期型が6群8枚というレンズ構成なんだそう。

このレンズも早々に6群7枚構成に変更されるので、数が少ないうえにレンズの枚数が多い(=描写も優れる)8枚玉が、一部のマニアの間で持てはやされる傾向にあるんです。

実は私も1年ほど前に「タクマーの8枚玉」の存在を知って、それ以後、気に掛けていたのですが、やはり、8枚玉は少ないですね。今回ようやく見つけました!

7枚玉と見分けるにあたって、鏡胴など外装に差は無いのです。重さが10数グラム重いようですが、これも2本持って比べたって分かるかどうかの差。

識別のポイントは、刻印の違い。書いてることは同じなのに、微妙に並び順が違って、書体も少ーし違う。それだけの差なんですね~。

8枚玉は画像の右側で、「Super-Takumar 1:1.4/50 Asahi Opt. Co. Lens made in Japan 製造番号」と表記されるのに対し、7枚玉には「Super-Takumar 1:1.4/50 製造番号 Asahi Opt. Co. Lens made in Japan」と表記されています。