昭和30年代なかば、私が修行していた店員時代は毎日カウンターに立って、カメラをたくさん売ることが一番の楽しみでした。
平均で1日10台くらい、一番たくさん売った日はたしか34台だったと記憶しています。使い方を説明しながら売って、何人か居た店員より多く売ることが自慢でした。
今の私はより多くの人にカメラを売りに来ていただいて喜んでいただくのが楽しみです。
アローカメラ開店の50余年前は、カメラ業界の絶頂期と言っても良い頃。私はビルの落成式とか結婚式のスナップ撮影の仕事もしていました。一番多かったのはボーリング場のオープンに関わる撮影でした。
今と違って当時のカメラは大きくて重いうえに、ピント合わせ・露出合わせしてから、シャッターセットして1枚1枚の撮影。その点、今はデジカメで何枚も何十枚も連写出来て、それもシャッターを押すだけです。
一番気を遣ったのは、セレモニー時のテープカットなどの撮影。220フィルムを入れても18枚しか撮影出来ませんから、タイミングを誤るとフィルム交換やシャッターチャンスを逃してしまうのです。これをサポートしてくれる名司会者と何年間かコンビを組んで仕事をさせてもらった話は以前にもしたことがあります。
そして当時は、写真が出来上がるまではハラハラとした心配や、ワクワクとした楽しみがありました。報酬もそれなりにありました。
買取りコーナーには当時使ったのと同じマミヤプレスがあります。今でも、機械式カメラを楽しむには最高の素材です。当時と違って安く手に入りますし。
大阪万博が写真業界にとって活況のキッカケになったことは以前も話題にしました。
私はフジフイルムさんに招待されたあと、アローカメラでも希望者を募って、貸切バスで大阪万博まで撮影会に行きました。
その時、1人平均36枚撮りフィルムを10本くらい現像・プリントがあったと思います。そういう時代でした。
残念なのは、カメラ屋がその時代の1/10くらいになってしまったことです。