長年、帽子は似合わない~と言っていた名人が、今夏からパナマ帽を被りだしたことは、以前にアップしました。
が、こんな写真を発見!!
1975年の沖縄海洋博かぁ!?
*最近の帽子:参考画像はこちら。
かつて実在していた宣伝カー。
しかし、これで出張買取りに行くことはなかった。
カメラを手放すという行為に抵抗を感じる世代もいらっしゃるので、派手な宣伝カーでご自宅に乗りつけるようなことは避けるべきと考えたから。
今さらやって欲しくはないが、買取名人は若かりし頃、瓶ビールの栓を歯で開けられることを自慢していた。
昭和31年4月というと、神戸から銀座のカツミ堂に転勤してきた月のもの。
アルファベータ社から発行されていた「カメラジャーナル」(505円版になってから)に、『買取プロ・野田康司の「カメラの売り方、教えます」』という連載があった。全23話。
読み返してみると面白い。
しかし、うちの店の保存版、3話ほど抜けていて惜しい・・・。
三共カメラのスタッフから、独立開業する際の挨拶状。
三共カメラ細川社長のあいさつもいただいた。
1970年代半ば、アローカメラには支店があった。
曙橋から抜弁天方面に向かう坂の途中、市谷台町8番地に。
70年代初頭、「ダルマ」の愛称で親しまれた初代セリカの、それもレザートップに乗っていた買取名人。
新宿歌舞伎町にあった中古カメラ店ピンホールカメラ(10年程前にお店は閉店された)の加藤氏。
いわゆる中古屋の頑固オヤジ的なお人柄だが、とても懇意にしていただいたうえに、商いが苦しい時に助けていただいた恩人の一人である。
1970年代前半、地元のお客さんを中心とした「アローカメラクラブ」で、箱根・鎌倉・白樺湖・富士山などで盛んに撮影会を企画していた。
上の画像は忍野村にて、「買取名人を探せ!」