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アローカメラ         &我楽多屋

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2017年2月 7日 (火)

大口径レンズ

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長い間買取りをしていると、不思議なことがたびたび起こります。普段はほとんど入って来ない超レア物が続いて来たり。

4日にはニコンS用50mm/1.1。昨日6日はキヤノン50㎜/0.95。

このようなことはどういうことでしょうか!?売り買いすることよりも、60年近く前の各社大口径レンズ競争を思い出して懐かしくもあり嬉しいです。

*画像のニッコールは4日分ではなくて、以前の画像からです。

2017年1月26日 (木)

カメラ屋も大阪万博景気

大阪万博が写真業界にとって活況のキッカケになったことは以前も話題にしました

私はフジフイルムさんに招待されたあと、アローカメラでも希望者を募って、貸切バスで大阪万博まで撮影会に行きました。

その時、1人平均36枚撮りフィルムを10本くらい現像・プリントがあったと思います。そういう時代でした。

残念なのは、カメラ屋がその時代の1/10くらいになってしまったことです。

2017年1月24日 (火)

あの時のカメラはどこへ行ったのでしょうか?

バブルの絶頂期、代理店経由の正規輸入品以外に、海外から直接品物を仕入れて売る並行輸入品も数多く出回りました。

並行品の市場価格は正規品の半分くらいだった時もあります。

私も香港の業者から仕入れて、相当な数のハッセルやライカを売ったものです。あの頃のたくさんのカメラはどこへ行ったのか不思議です。

どこかで眠らせているなら、今が売り時かと思います。

2017年1月21日 (土)

名誉?不名誉?アサヒペンタックス

いわゆる高度経済成長期、カメラも成長過程でした。アサヒペンタックスS2やSVがたくさん売れた頃は、カメラの修理も多かった。

銀座で店員をしていた私には、お客様から預かったカメラを持ってメーカーのサービスセンターへ修理に持ち込むのも大事な仕事の一つ。

一番よく行ったのは土橋にあったアサヒペンタックス。混んでる受付、修理期間。お客様から預かったカメラの修理をいかに早くやってもらうか、あの手この手で必死でした。

☆よく行ったサービスセンター、メーカー別順位(あくまでも買取名人の記憶による…)

  1. アサヒペンタックス
  2. オリンパス
  3. ヤシカ
  4. マミヤ
  5. キヤノン
  6. ニコン
  7. その他いろいろ

この順位、アサヒペンタックスのカメラが壊れやすかった~というよりは、それだけ沢山売れていたから修理も多かった~ということだと思います。

2017年1月17日 (火)

大らかな時代

私がまだ銀座のカメラ店で小僧をしていた時代(50~60年前)は、カメラ屋さんの全盛期だったと思います。

そして、大らかな時代でした。

お客様がカメラやアクセサリーを買いに来た時に店に在庫が無いと、すぐに近くのカメラ屋で借りて来て売る。そんなことが当たり前でした。

2017年1月16日 (月)

アローカメラクラブ

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40数年前、アローカメラもカメラクラブを作って、月に1回は各地に撮影会へ行っていました。

ご近所のお客さんほか皆さん、ローライやライカで楽しんでいました。

指導の先生は日本カメラの社長だった平賀真さん、本当に良き時代でした。

2017年1月15日 (日)

銀座のカメラ屋さん

また昔(50~60年前)の話です。

かつて銀座の中央通りには1丁目から8丁目の間に5軒のカメラ屋さんがありましたが、今、中央通りには1軒も残っていません。

2017年1月14日 (土)

ネオカ 起きよか 売ろうか 売るまいか

昭和30年頃だと思う、どんなカメラでもよく売れた。

二眼レフはアミフレックス、35ミリはネオカ35あたりの安価なカメラは特に。

この2種とも、どういうルートなのか、工場で出来上がったばかりのような状態なのを、下の絵のような木箱に入れて、ブローカーが毎日のように持って来ていました。そして、説明書も無いのに一般の人や業者にその日のうちに全部売れてた。

店員の間では、「ネオカ 起きよか 売ろうか 売るまいか」などと言って、ふざけたりしていました。

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2017年1月13日 (金)

懐かしいな...

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ちょうど60年前の写真です。

銀座カツミ堂の社員旅行で行った日光(業者さんや常連さんも数名一緒)。当時、春と秋には温泉旅行へ、良い時代でした。

この中でカツミ堂を離れて、いまだにカメラ屋をやっているのは、三共カメラの細川社長(最後列左端)と、私(最前列左から2人目)くらいですね。

2017年1月12日 (木)

昭和34~36年

今の天皇陛下のご成婚は昭和34年。

パレード撮影のため望遠レンズがすごく売れた記憶があります。私も三宅坂の方まで行ったが凄い人出で1枚も撮れず。

このとき私も結婚しようかと思ってた。でもまだ20歳で若く、給料が1万円だった。その2年後の昭和36年に結婚した時の給料は3万円、大卒初任給の約倍額でした。