過去のこと Feed

2013年10月 1日 (火)

修業時代に

修業時代の話、接客中の同僚に代わって「野田!お前がやれ!」と、店長に命令されたことが度々あったという。

販売力の巧みさを買われての指示だが、気まずい思いも強かったと回想する買取名人。

2013年9月30日 (月)

製造番号!?は~

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完成後11年が経過した木製巨大ライカの軍艦部にある製造番号!?は、

「19390210」

これ、買取名人の生年月日です。

2013年9月29日 (日)

上京初日

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古いアルバムに「上京初日」というキャプションが書かれていた写真。

とすると、1956年、銀座「カツミ堂」前。

2013年9月17日 (火)

金属人類学入門

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赤瀬川原平氏がその著書「金属人類学入門」で面白いことを書かれています。

「参議院選で田中長徳氏が立候補したら、一票を投じにいくだろう」と。

そして、その街宣車には応援に駆け付ける名人がいる~と。この人には選挙がよく似合う。好きそうだ。とも書かれています。

詳しくは、「金属人類学入門」(日本カメラ社)の「すべての権力を中古カメラへ」の項で。

2013年9月16日 (月)

ザ・リリー2号と野村清一郎氏

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小西六製のハンドカメラ、ザ・リリー2号。

縦横ともにギアによるアオリ装置が付いた高級機。当時英国へ輸出もされていた、我が国最初の輸出カメラでもあるらしい。

そして、このカメラは野田康司が独立する際(昭和40年)、ある人物から贈られたものなのです。

その人物とは、当時新国劇の長老田沢正次郎氏と一緒に活躍されていた野村清一郎氏。

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野村氏は何百台ものカメラを収集していたコレクターで、その中の1台を「古いカメラを店内に置くと、カメラ店として箔が付くから・・・」というメッセージを添えて、特別にプレゼントしてくれたものです。

2013年9月15日 (日)

地図2

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昨日に続いて地図です。本日は20年程前の地図。

光陽商事さん(当時は余丁町にあった)の場所も記されている所に、先代社長と名人の親交の深さを垣間見ることが出来ます。

この地図上でも、「セイフー」「四谷内科」「くだもの屋」「ブルーマート」が現在では無くなってしまってます。

【注】アローカメラの位置も現在は片方だけです。

2013年9月14日 (土)

地図

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20年以上は前のこと。買取名人は雑誌広告などの地図で、

「徒歩」ではなくて、「テクテク」という表現を使っていた。

あと、この地図上、「キョウリン薬品」「果物店」「アイスクリーム屋」など、現在はみんな無くなってしまってる。。。

【注】アローカメラの位置も現在とは少し違っています。

2013年9月12日 (木)

USED CAMERA

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この保証書。

日本シイベルヘグナーが発行した中古のライカM3の保証書。

これの由来について、買取名人饒舌に語る~。

詳細はアローカメラ&我楽多屋のブログにて近々にアップします。

2013年9月 7日 (土)

2人の存在感たるや~

同業の光陽商事先代社長とは、公私ともに深いお付き合いをさせていただいた買取名人。

2人並んで歌舞伎町を歩くと、その存在感ゆえ(顔が大きいから~という見方もあるが)、まわりの人が避けて歩いた・・・という逸話もある。

2013年9月 6日 (金)

小豆島の昔

買取名人の故郷「瀬戸内海・小豆島」は、豊臣から徳川の時代にかけて、天領(幕府の直轄地)だった。

また、それ以前は平安の頃より南北朝の頃にかけて、皇室の御領地だった。

でも、名人の祖先がそれらの人々に由来しているかどうかは全くもって不明。。。