かつて「なんでも鑑定団」の鑑定士として出演依頼があったが、私はあくまでも「カメラ屋」のオヤジであるから~という理由で固辞している。
名人は1965年以前に普通免許を取得しているので、今、大型二輪に乗っても捕まらないことになっている。
「1本の矢では・・・3本束ねると・・・」に憧れて、まだ長男しか生まれていない時代に、その後に生まれるであろう次男と合わせて親子3人で~を夢見て名付けたらしい。しかし、世の中そう上手くはいかなないものである。。。
*「アロー」の和訳は「矢」
1966年、四谷三丁目にて開業。当初の「アローカメラ」は、当時普通に町中にあったカメラ屋さん写真屋さんでした。
1957年銀座「三共カメラ」に転職。「カツミ堂」での先輩にあたる細川氏の独立開業時のスタッフとして選ばれたため。
1956年、神戸「カツミ堂」から、銀座「カツミ堂」に転勤。
初めての上京は、夜行列車の急行「銀河」にて。終着の東京駅で先輩が待っているというのに、手前の新橋で降りてしまった17歳の野田少年だった。。。
新橋停車?を疑問に思って調べてみたところ、1956年11月までは確かに「新橋」にも停車していたらしい。